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12月10日説教要旨 アドベント第二主日礼拝 「大きな喜びの歌」 ルカ1:67~79 ・

アドベント第二主日を迎え、主を待ち望む思いをさらに強く持ちたいと思います。

毎年、クリスマスのテーマを設けています。いろいろなテーマ、視点で見ることができます。今年のテーマ、視点は「大きな喜び」です。

クリスマスの出来事=主イエス・キリストの誕生は、私たちにとって、また全世界の人たちにとって大きな喜びです。救い主がお生まれになったという喜びの知らせ=福音です。

私たちは、この大きな喜びを受け取りました。そしてその大きな喜びを伝える者となりました。今日も、大きな喜びの中へと向かって行きましょう。

今日、与えられた箇所は、ザカリヤの賛歌です。ラテン語で「ベネディクトゥス」と言われます。これはこの賛歌の最初の言葉「ほめたたえよ」という意味の言葉です。

ルカが記すクリスマスの物語の中には、4つの賛歌があります。マリヤの賛歌、ザカリヤの賛歌、天の軍勢の賛歌、シメオンの賛歌です。それらにそれぞれ呼び名があります。その賛歌の最初の言葉のラテン語です。マグニフィカート、ベネディクトゥス、グロリア・イン・エクセルシス、ヌンク・デミトゥス。

ザカリヤは、バプテスマのヨハネの父です。祭司ザカリヤと妻エリサベツは、子供のいない老夫婦でした。ザカリヤが祭司の務めをするために神殿の聖所に入った時、天使ガブリエルが現れ、彼とエリサベツとの間に子供が生まれると告げます。後のバプテスマのヨハネです。

それをにわかに信じることができなかったザカリヤは、子供が生まれるまで話すことができなくなります。この後、エリサベツはみごもります。

エリサベツが子を宿したという出来事は、主イエスの母マリヤに告げられた言葉が確かなことの証となります。そしてマリヤの心を励まし、力づけ、マリヤの賛歌=マグニフィカートが歌われることになります(1:5~56)。

ガブリエルの言葉通り、エリサベツは子を産みます。ザカリヤは、この子の名をヨハネと名付けます。その途端に彼の口が開き、舌が解かれ、神をほめたたえます。彼は癒されました。その最初の言葉が「ほめたたえよ。イスラエルの神、主」という大きな喜びの言葉、歌でした。

この賛美の歌は、神の約束の成就に応えての賛歌でした。ルカはこれを「預言」と言います。神の言葉だと言うのです。神の言葉は必ず成就、実現します。天使ガブリエルを通してザカリヤに告げられた神の言葉は、「この子は、多くの人を神、主に立ち返らせる。救い主の前触れであり、主の道を整える」というものです(1:13~17)。

ヨハネは後に、この言葉通り、また、それに応えたザカリヤの賛歌の言葉通り、主の御前に先立って行き、その道を整え、神の民に罪の赦しによる救いの知識を与える者なります。

ザカリヤは、自分に与えられた神の約束の言葉の成就、実現を見て、神の言葉の確かなこと=救い主がお生まれになるということを確信してこの歌を歌い、預言します。神の言葉に応答してこの大きな喜びの歌を歌ったのです。

ほめたたえよ、イスラエルの神、主を。この言葉に、喜びの大きさ、思いが言い表されています。小さな喜びではなく、大きな喜びの思い、心です。全身全霊を満たす喜び、と言ったらよいか、どう表現しても足りないほどの喜びです。

私たちもクリスマスの出来事を喜び、賛美します。大きな喜びを与えられた者の応答の賛美です。ザカリヤの賛美と同じように大きな喜びの歌を歌います。

イスラエルの神、主、とザカリヤは言います。私たちと関係のない民族の神への賛美か、と言うと、そうではありません。イスラエルの神、主は、すべての民の神、主です。その神が、私たちを訪れ、贖いをして下さった。縛っているものから解放して下さった。救って下さった、と歌います。これが今、起ころうとしていると言うのです。

これらは、神の深い憐みによる、と歌います。その憐みにより、日の出が、日の光がいと高きところ、神から私たちを訪れる、と歌います。それは、神が私たちを訪れる、ということです。

クリスマスは、光の祭りとも言われます。事実、教会は、クリスマスの時、光を灯します。主イエスは、暗闇の中に輝く光として来られたからです。主イエスの誕生は、上からの光が私たちの所に訪れたことだ、と言い表して光を灯し、暗闇と死の陰に座る者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導くとザカリヤは歌います(79節)。

この言葉は、イザヤ8:22~9:2の預言の言葉です。この箇所は、救い主の誕生の預言です。ザカリヤは祭司でしたから、イザヤのこの預言の言葉を知っていたと思います。

この預言の成就、実現は近い、確実に成就、実現する。なぜなら、自分に語られ、約束された神の言葉が成就、実現したから。ザカリヤの賛歌は、このように歌われたのです。

これは神の深い憐みによると言います。イザヤ9:7では、万軍の主の熱心=神の熱心がそれを成し遂げる、と言います。神の熱心とは、神の愛、憐みです。熱心な愛、熱心な憐みです。

それはただ、私たちを憐れんで下さるというだけではありません。神の真実、誠実、忠実を言い表す言葉です。神がご自分の約束に忠実、真実である、ということを表すのが、この憐みです。

この神の深い憐み、熱心な愛、真実、忠実こそが、罪の赦しによる救いという大きな喜びを私たちに与えるのです。

私たちはこの大きな喜びを受け取り、神を、主イエスを喜び、ほめたたえるのです。神を喜び、主イエスを喜びほめたたえることこそが、クリスマスなのです。