新たな世代とともに、受け継がれる教会

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5月18日説教要旨 70周年記念礼拝 「主なるキリストに 向かって進む」 エペソ4:11~17

私たちの教会の始まりは、1950年に現・中央聖書神学校の神学生たちが、神学校のチャペルで子たちへの伝道=日曜学校をしたことです。教会は、その5年後、1955年に正式に教会として発足しました。

今日、ここに70年の歴史を編んできた私たち中央聖書教会がどこに向かってきたのか、そしてどこに向かうのかを改めて聖書の言葉から受け取っていきたいと思います。歴代の教会員、役員、牧師、教師たちが世代を受け継いできました。それが積み重なり、つながって今日を迎えています。私たちは、主が来られる時まで、このタスキを次の世代へと継いでいきます。

今日の礼拝は、特別な礼拝です。

この創立70周年の年に与えられた聖書の言葉は、エペソ4:15です。今日は、その前後を読みました。

私たちの教会はなぜ造られ、始まったのか。それは、主イエスご自身が、わたしはわたしの教会を建てると言われたからです(マタイ16:18)。この御言葉に従って、私たちの教会も造られたのです。

主はここに教会を造られたのは、人々に福音を伝えるためです。この世にキリストの姿を表すためです。救いがここにあることを示すためです。主イエスが命じられた通りです(マタイ28:19,20)。

神学生たちがこの御言葉に従い、ここに教会の働きを始めました。教団の初代理事長であり、神学校校長である弓山喜代馬師は、神学生たちが献身してこの山に登り、神と対坐し、救霊の情熱を燃やして、祈りと礼拝を繰り返してきた涙の集積が凝結してこの教会となった、と言われています。

救霊とは、人々に福音を伝え、その魂を救いに導くことです。そして神を礼拝する者とすることです。キリストの体である教会を建て上げる働きにつかせることです。

今日与えられた聖書箇所は、この教会を建て上げるためにキリストご自身が私たちを召し、その奉仕の業につかせた、と語ります。ここに私たち中央聖書教会が目指すべきことが語られています。

これまでの歴史の中で、私たちをくじけさせるようなことも起こりました。しかし、主ご自身が私たちを召して下さったのです。そして歴史を編むことができました。このことを感謝し、さらに目標に向かって進んでいきます。主ご自身が、私たちを召し出して、ご自身の体である教会を建てて下さいます。

皆さんが、あまたある教会の中で、中央聖書教会に導かれました。召されました。導かれた方法は様々です。それをなさったのは主です。主に召されたのです。この意識は大切です。ぜひ、これを持っていただきたい。

召されたのには理由、目的があります。その目的が今日の箇所に語られています。今日の箇所に触れる前にその前に記されている2:20~22を見て下さい。ここには、私たちの教会の姿が語られています。それは、キリストを土台とした主にある聖なる宮、神の御住まいである、と語られています。この意識は大切です。この教えに立ち、今日の箇所で教えられている教会の目指すべきことに目を向けます。

教会が目指すべきことは、私たち一人ひとりが目指すべきことです。そこでまず語られているのが、キリストご自身によって奉仕者が立てられている、ということです。教会には様々な奉仕があり、奉仕者がいます。それは、キリストの体である教会を建て上げるためだというのです(12節)。そのことをさらに別の言葉で語っているのが13節以下です。

ここには、「~のため」という意味の前置詞を使って次々と語られています。完全な大人になって、キリストの満ち満ちた身丈にまで成長するため、かしらであるキリストに達するため、キリストに向かって成長するため、と言います。

完全な大人になるとは、互いに争うことなく、いがみ合うことなく、傷つけあうことなく、いたわり合い、祈り合い、仕え合い、互いに足を洗い合い、赦し合うこと者になることです。

それを13節では、信仰の一致と神の御子に関する知識との一致に達して、と言います。私たちが神への信仰を与えられたのは、完全な大人になるためです。それは、キリストの身丈にまで達することです。

信仰の一致に達することができず、自分のことしか考えられず、人を傷つけ、いがみ合うことがあります。主イエスのことをあまりにも知らな過ぎて、その愛を忘れて、教会に波立たせる。そんなことはないでしょうか。

私たち一人ひとりは、主によって召し出された者であるということに立つべきです。ここに立ってその目指すべきところを見つめます。その目指すべきところは、キリストの身丈に達すること、完全な大人になることです。

救われた喜びを持つことは大切です。それには目的があることも覚えたいものです。15節には。愛によって審理を語り、とあります。キリストの愛によって行動し、言葉を出すのです。それはキリストの体を建て上げることであり、福音を伝えるためであり、主なるキリストに向かって成長し、進むためです。

そのために奉仕があります。奉仕者がいます。その奉仕者一人ひとりがキリストによって、その愛によって組み合わされ、結び合わされ、働き合い、立てられて、成長します。キリストを土台として、キリストに向かって進んでいきます。

私たちの使命、キリストから委ねられた使命は、次の世代にこの働きのタスキをつないでいくことです。それは、聖霊の助けによってできることです。だから、いつも聖霊の満たしを求めて祈るのです。

70年の恵みを感謝し、主なるキリストに向かって進んでいきましょう。主が再び来られるまで。