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11月9日説教要旨 親子祝福礼拝 「神の子どもとして」 Ⅰヨハネ3:1~3

今日は親子祝福礼拝です。子どもも一緒に礼拝します。教会は、昔から子どもたちを大切にしてきました。それは主イエスがご自分の所に来た子供たちを喜び、手をおいて祝福されたことに由来します。主イエスに倣って教会は子どもたちを祝福し、日曜学校の働きによって信仰の教育をしてきました。

聞くところによると、日曜学校は産業革命後、イギリスで始まったということです。子どもたちの教育を教会が担いました。学校教育と共に信仰の教育をしました。私たち中央聖書教会の歴史は、この日曜学校の働きにまで遡ります。

教会は子どもたちを大切してきました。その一つが日曜学校の働きであり、この親子祝福礼拝です。子どもたちだけでなく、親御さんも一緒に祝福を受けることができるように祈る礼拝です。神の御前にいっしょに祝福を求めて生きましょう。

この親子祝福礼拝の今日、与えられた聖書の言葉は、Ⅰヨハネ3:1~3です。この箇所の言葉から恵みを汲み取り、親子の祝福を祈ります。

この箇所には、私たちクリスチャンを的確に言い表している言葉があります。クリスチャンという呼び名にすでにその意味が語られています。キリストのもの、キリストに従う者という意味です。

前にも言いましたが、これはクリスチャンでない人たちからつけられたあだ名です。ある意味、馬鹿にするような悪口です。これを主の弟子たち自身も使うようになりました。いつのころからかは不明ですが。少なくとも聖書の中には、自分たちをクリスチャンと言っている箇所はありません。自分たちを「主の弟子」と言っていました。

今日の箇所では「神の子ども」と言います。「私たちが神の子どもと呼ばれるために」と言います。この手紙を書いたヨハネは、その福音書で、主イエスを信じた者は神の子どもとなる力、特権、資格が与えられたと記します。それは血筋ではなく、人によるのでもなく、ただ神によるのだ、と言います(ヨハネ1:12,13)。

神の子どもと呼ばれる、ということは、もともとそうではないものをそう呼ぶということです。クリスチャンは人がそう呼んだ呼び名ですが、神の子どもとは誰がそう呼ぶのでしょうか。

それは神ご自身です。神が主イエスを信じた者を神の子どもと呼んで下さるのです。ここに私たちの実存があります。私たちクリスチャンは神の子どもなのです。

まだ洗礼を受けていなくても、主イエスを神の子と信じると口で言い表しているのなら、それが子どもであっても「神の子ども」なのです。神がそう呼んでくださるのです.

悪魔は、主イエスに対して「あなたが神の子なら」と言って惑わそうとしました。同じように、私たち神の子どもをも惑わそうとします。おまえが神の子どもか?そんな弱いおまえが神の子どもなのか?

私たち神の子どもは、主イエスが神の言葉によって対抗したように、今日の箇所の言葉で対抗します。私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父はどんなにすばらしい愛を与えて下さったことでしょう。

神は私たちに愛を与えてくださったというのです。愛してくださったということですが、それを「愛を与えてくださった」と言います。

ヨハネ3:16では、そのことを「神はそのひとり子をお与えになった」と言います。これが「愛を与えてくださった」ということです。神は、私たちにイエス・キリストをお与えになったのです。愛は実に具体的です。ひとり子とは、最も大切な存在、かけがえのない存在ということです。

そのひとり子、イエス・キリストを、私たちを罪と滅びから救うために与えてくださったのです。これが神の愛です。

罪と言いました。私たちは生まれながらの罪人です。それこそ物心ついた時から罪を犯しています。子どもの時の罪の自覚は他愛もないほど小さいことだったりします。嘘をついたとか、兄弟げんかをしたとか、悪口を言ったとか、意地悪をしたとか、親に反抗したとか。それも罪の現れです。神から離れた結果です。

小さいと思われる罪も、人を殺すという大きな罪も同じ罪です。神は、その罪から私たちを救うために愛を与えてくださったのです。ひとり子イエス・キリストを与えてくださったのです。私たちの罪を背負って十字架で死ぬためです。この愛を与えてくださったのです。

私たちを「神の子ども」と呼ぶためにです。私たちが神の子どもとして生きるためにです。今や私たちは神の子どもです、と言います。

救いとは、望みを持つことができたということです。今や私たちは神の子どもである、ということは、希望を持っているということです。

愛を与えられたということは、希望を与えられたということです。その希望は、2節に記されています。キリストが現われたなら、と言います。キリストの再臨のことです。主イエス・キリストはもう一度、この地上に来られることです。その時、私たち神の子どもは、キリストに似た者になっていることがわかるのです。

私たちのために十字架にかかって死んでくださった神の子キリストは、死んで三日目に復活されました。そののち、40日間、弟子たちに姿を現して天に昇って行かれました。今は天の父なる神の右におられて、私たちのために執り成してくださっています。

また、聖霊を遣わしてくださり、私たちと一緒にいてくださいます。そしてもう一度、この地上に来られます。

神の愛によって神の子どもとされ、神の子どもと呼ばれる私たちは、この再臨の時、再臨の日を待っています。

今日、親子を祝福します。神の子どもとして親も子も、希望と喜びをもって歩むことができるようにと祝福を祈ります。